『有給物語』前日,1日目・起床

「休暇ですか」

「そう。休暇を取れ。別にお前が何か悪いことをしたから謹慎処分を下すとか、そういった類の話ではい。法律で定められた最低限の有給を取れと言っているだけなんだ」

いつも僕と話す時に柔らかな表情をしている上司が珍しく緊張した面持ちで僕を見つめた。

「あと1ヶ月で4日休んでほしい」

「厳しいことを言いますね」

「お前が仕事熱心で休むくらいなら仕事を覚えたいという気持ちは十分に伝わる。でも、お前が休まないと俺が部長に怒られる。部長は本部長に怒られる。本部長は専務に怒られて、専務は社長に怒られる。そして最後は会社が国に怒られるんだ」

上司は音程を変えずに早口で言い放った。

これ以上の反抗をしても意味がないので、嫌がるのはこれくらいにすると決めた。

「分かりました。では休暇を申請します」

その言葉を聞くや否や、上司はいつもの調子に戻った。

「うん、それでいい。じゃあ申請は適当に通しておくよ」

上司は机の上にあるメモ帳の一行をボールペンで塗り潰した。


どうやら僕は本当に有給を取ることになるらしい。初めて有給を使ったのは親元に戻る時だった。僕は有給を使ってまで親元に行くのに乗り気ではなかったが、両親と同年代の人事部の男性が取得を強く勧めてきたので使うことにした。

こんな調子なので僕は有給を使ってでも平日にどこかへ行きたいと思う事はない。

「いざ休みを取ると言いましたが、こんなご時世ですし一体何をして過ごそうか悩みます」

「俺としては休んでくれれば良いから、ハメを外してコロナを社内に持ち込まなきゃ何してもいいよ」

「まぁ、そう言うと思っていました」

「せっかく平日の昼間に外に出られるんだからさ、外の空気でも吸って気分転換してきなよよ」


有給休暇1日目の朝は早朝に目が覚めた。

窓の外の明るさから6時前である事は直ぐに分かった。僕は布団から抜け出すと湯沸かし器でコップ一杯の白湯を作った。マグカップに白湯を入れると布団に戻った。窓の外が白んでいくのを眺めながら白湯を啜った。僕はこの時間が好きだ。大通りに面したマンションだが、この時間はまだ交通量はそこまで多くない。朝特有の静けさをBGMにして、生活感のない部屋でぼうっと過ごす。たった5分程度の出来事だが、これをすると頭がしっかりと整理される気がする。一種のメディテーションなのかもしれない。

白湯を半分くらい飲んだところで6時になった。iPhoneが人間の睡眠を優しく遮るようなBGMを流し始めたので早々に止めた。そのついでに今日のスケジュールを見たら「有給休暇(1日目)」と書いてあった。僕はその瞬間に今日が休みである事を思い出した。眠気はどこかへ飛んでいってしまったので、とりあえずシャワーを浴びて身支度することにした。


シャワーを浴びてる時、4日間の使い方を真剣に考えたが一向に良いアイデアは浮かばなかった。いや、正確にはアイデアを浮かばせる事を最初から放棄していた。生産的に日々を過ごさなければならないという強迫観念のもと日々の行動を選択している僕にとって土日祝以外の休みは必要ない。だから有給休暇なんていうイレギュラーに対応していないのだ。