7月9日の夜

「あなたって美味しい水出し珈琲みたいな人ですね」
御手洗から戻ってくると、彼女は窓の外を眺めながら呟いた。
「アイスコーヒーでは無いの。水出し特有の一口目の冷涼感。飲み進めていくと温められて本来の味が滲み出てくる。」
初対面の人にこんな事を言われるなんて想像も出来ず、不器用な作り笑いをしてしまった。
「それはどうも。そんな風に僕を形容する人は初めてですよ。しかも初対面で。」
彼女はホイップだけが残ってしまったウィンナーコーヒーをスプーンで掬いながら続けた。
「私って人を見る目だけはあるの。審美眼。」
「その審美眼をして、僕は魅力的なんですか?」
「そうね、歴代で4番目に魅力的です。」
4。僕は昔から4という数字に縁がある事を思い出した。
高校時代に出場した競技大会では全国4位だった。決勝戦まで進んだが、それ以上の順位は狙えなかった。
「野暮な質問かもしれないですが、まだ出会って3時間も経っていない僕があなたにとって歴代4位だと思う理由を聞いてもいいですか」
「そんな事を聞いてどうするんですか」
予想通りの返答が来た。
「こう見えて僕は向上心が強いんです。だからより魅力的になる為に何をすべきなのか考えたくて」
すると彼女間髪入れずにこう言った
「それは間接的に敵に塩を送ることになるので遠慮しておきます」
「一体だれが敵だって言うんですか」
「あなたと関係のある他人全員です。あなたがより魅力的になれば、今にまして交友関係が広く深くなる。その時に私の優先順位が下がる可能性が高くなるかもしれない。だから言いません」
早口で捲し上げられた。
「そもそも、」
「自分の魅力に気がつけないような人が、私の中でより魅力的になれる訳がないでしょう」

返答が浮かばなかった。

僕は飲みかけの水出しコーヒーをガラガラと混ぜてから少し大袈裟に飲み干した。

「つまり、あなたは僕との関係を続けたいという事ですね」
「そうですね。諸々を考えると私はあなたと定期的に連絡を取り続けたいですね」

彼女は手首に視線を落とすと、財布から小銭を出した。
「今日は楽しかったです。また気が向いたら会いましょう」
「こちらこそ。体調には気をつけてください」

「では」
「さようなら」